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フォーシーズンズホテル椿山荘 東京 - Four Seasons Hotel Tokyo at Chinzan-so

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庭園の歴史

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名勝15選

椿山荘の庭園には、数々の由緒ある史跡が点在しています。その一部をご紹介します。

| 十三重の塔 | 般若寺式石燈籠 | 三重塔 | 無茶庵 | 木春堂 | 五慶庵 | 長松亭 | 残月 | 雲錦池 | 古香井 |
| 庚申塔 | 羅漢石 | 筆塚 | 白玉稲荷神社 | 椿山荘の碑 |

十三重の塔

戦国時代の武将であり茶人でもあった織田有楽(織田信長の弟)ゆかりの歴塔と伝えられています。

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十三重の塔

般若寺式石燈籠(はんにゃじしきいしどうろう)

般若寺の石燈籠は、江戸時代に数多くのがん作が作られましたが、昭和53年石造美術研究の権威、川勝正太郎博士により、鎌倉時代後期に作られた後世の原型との調査結果が発表されました。

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十三重の塔

三重塔(さんじゅうのとう)

広島県賀茂郡河内町入野の山上伽藍、竹林寺にあり、長く放置されていましたが、大正14年(1925年)藤田平太郎男爵が解体移築しました。

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三重塔

無茶庵(むちゃあん)

文京区林町にあった紅葉旅館の離れを昭和29年(1954年)に移築したもの。室町期に造られたものと伝えられています。

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無茶庵

木春堂(もくしゅんどう)

五島慶太翁が神奈川県足柄上郡の中津渓谷沿いに所有していた田舎屋を、昭和28年(1953年)に譲り受け移築したもの。
※五島慶太翁は長野県出身の東急電鉄グループの創始者です。

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木春堂 width=

五慶庵(ごけいあん)

京都二条城前にあった三井邸を昭和29年(1954年)に移築し、五島慶太翁の名をいただき命名されたもの。

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五慶庵

長松亭(ちょうしょうてい)

電力業界の長老・松永安左衛門翁に設計を依頼した四畳枡床向逆勝手の茶室。昭和29年(1954年)に建設されました。

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長松亭

残月(ざんげつ)

箱根小涌谷の藤田男爵別荘に建設された表千家の茶室「残月亭」を昭和22年(1975年)に移築したもの。

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残月

雲錦池(うんきんち)

周辺には桜、楓が多く、春秋には水面が染まるばかりの美しさとなるので、この名がつけられました。

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雲錦池

古香井(ここうせい)

目白台周辺は湧水に恵まれ、ここからはミネラルを豊富に含んだ水が湧出ています。

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古香井

庚申塔(こうしんとう)

道教の庚申信仰に由来して造られた石塔で、江戸時代の初期、この付近に野道があった頃から現在の位置にあったと伝えられています。

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庚申塔

羅漢石(らかんせき)

伊藤若沖(じゃくちゅう)の下絵による五百羅漢のうちの約20体で京都南伏見の某寺におかれていたものと伝えられています。

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羅漢石

筆塚(ふでづか)

昭和33年(1958年)の11月、出版美術家連盟の皆さんによって除幕式が行なわれた筆供養の碑です。「筆に明け筆に生涯を送る私たちの伴侶を芭蕉ゆかりの地に祀り筆塚とする」と説明されています。

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筆塚

白玉稲荷神社(しらたまいなりじんじゃ)

大正13年(1924年)藤田平太郎男爵が京都下鴨神社にあった一間四方の社殿を移築し、翌14年伏見稲荷明神から白玉稲荷を勧請して椿山荘の守護神としました。

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白玉稲荷神社

椿山荘の碑(ちんざんそうのひ)

明治10年(1877年)西南の役に凱旋した山縣有朋公爵が、翌11年「つばきやま」の名を「椿山荘」と銘々した際の感慨を刻んだ記念碑です。

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椿山荘の碑